日常、宝探し隊員!

ジユウのリミット

先日、友達と話していて
パリで起こった事件の話から
言論・表現の自由の話題になった。

そもそも自由とはいうけれど
宗教に関するタブーを
あえて刺激するような表現する必要が
あるのか、どうなんだろうね
と日本人同士で話していた。

その場にフランス人もいて
日本とは違ってフランスでは
民族、宗教、目や肌や髪の毛の色など
全く背景の異なる人たちで社会が成り立っており
意見を主張しなければ済まされないことが多いそうで。

日本人の私も確かになー、とも思うところもある。
フランスでは、配慮なんて期待しちゃいけない。
こちらが主張しないと相手によっては
いろいろとこちらが不利になったり
面倒になることもある。
だから、とにかく、あちらに住んでいたときは
言葉の上手い下手では全くなくて
つたないフランス語でも
ここでは言わなくちゃだめだなと
いちいち心がけていたのを思い出した。

そのかわりといっては何だけど
こんなこと言ってこう思われたら
なんて心配する必要はなく
トンチンカンなことを言うもアリ、
感情的に言うもアリ
言えば気がすむ、というところもあるのかも。

一方で、言われる方も
引いてしまって何も言わないで済ます、みたいなのはなくて
言い返してすごい言い合いになるもアリだし
だから何ナノ?みたいな感じなのもアリだし
わりとあっけらかんとしていることが多いような。。

話は戻って
そのフランス人と日本人との会話の中で、
日本人の友達が
じゃ、フランスでは身体障がい者に対しても
同様に風刺したりするのかと聞いたら
それはないとのこと。

ということは…
言論の自由と言いつつも
配慮とか、あるいはボーダーラインは存在するということだ。
それだったら、やはり偶像禁止している
宗教をあえて刺激する必要はないんじゃないかと
やはり思ってしまうけれど
そんな簡単な話ではないのかしら。

歴史を振り返ると
宗教を理由に、または宗教を利用して
(さらにいえば、宗教を利用したアヤシイ団体もいるから
 宗教自体もアヤシイかな)
戦争や民族闘争などが頻繁に起こっていたわけで
今に始まった話ではない。
きっと歴史はまたまた繰り返すんだろうね。
人間は歴史を二度と繰り返さない程
利口じゃないってことは確かみたい。
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