日常、宝探し隊員!

My Glass !

2ヶ月くらい前に
作ったガラスのコップ。

・・・といっても、自分で全部作業できるはずもなく
専門家にほぼお任せして、私の作業はお手伝い程度。
いやそれ以下か。しかーし、作ったことには変わりありませぬ。

glass

入れた柄は、自分の頭の中で描いていた「図」と
ずいぶん違うものだったけれど
自分が作ったものだと理由なく
かわいく思えてしまうものですね。

これで、焼酎をロックで飲もうと思っていましたが
うちのベランダで咲いているパンジーとの相性が良いので
しばらくは、お花と一緒にいてもらう予定です。

カタカナ

私はよくカタカナを
文章に入れ込みます。
なんとなく自然にやっていたのですが
この間テレビでスガシカオが
自分の歌詞の中で
カタカナを使う場合の意味について
語っていた時
あ、これだと思いました。

「におい消し」。

日本語のひらがなや漢字って
表情があります。

例えば
「豊か」と「ゆたか」。
「ゆたか」な方が
柔らかくふっくらした
「ゆたかさ」が伝わる気がします。
でも、本当のゆたかさから離れた
ちょっと疑問符入りの豊かさを語る場合
「ユタカサ」と書くと
なんだか、その言葉のイメージが
消される気がしませんか?
「ユタカ」という発音だけだと
一瞬、???・・・
「豊か?」と考えてしまうのでは?

そういう意味で
カタカナって結構面白い
使い方が出来る気がします。

なんていって、、、
ホントー勝手な感覚なんですけど。

ココロのカタチ

去年の年末、NHKで『坂の上の雲』
というドラマが放映されていました。
ちなみに、このドラマは
3年に渡って年末に放映される予定だそうです。

その主人公の秋山真之が
実際どのような人物だったかを
ドキュメンタリーでやっているのを
ちょこっと見たのですが
実像も素敵でした。

幼馴染の正岡子規が病に倒れて
彼の夢だった世界を見てまわる、
ということが叶わなくなった時
一方で真之は世界を飛び回っていたのです。
海外からの正岡子規宛の葉書に
「世界は広いが、意外と日本と変わらない」
ということが短く書かれているものでした。

人によって捉え方は違うと思うのですが
私はこの真之の気持ちが伝わってくる一文に感動しました。
当時、海外に行く機会に恵まれる人は
そうはいなかっただろうし、
情報もあまりなかったことを考えると
真之が思っていた以上に
日本と世界は「違っていた」に違いありません。
そこを「違わないよ」という、
こういう相手を思う気持ちのあらわし方が
奥ゆかしくて、私は心打たれるのです。

不治の病にかかって無念で
悔しくて居たたまれないであろう
正岡子規を思う気持ちが溢れていると思います。

ただ、人によっては
日本と世界はそう変わらないなんて嘘だ
彼にどういうものかを正しく伝えてあげた方が誠実だとか
そういう意見はたくさんあると思うのです。

でも私は真之のような表現方法が
好きだし、素敵だなと思うのです。

その人がどういう人物かというのは
受け手がどういうポイントでその人を判断するか、
にあると思うんです。
このひと優しいなーと感じる場合は
きっとそのひとの思いを込めた行為が
自分が感じる「優しさ」の範疇と
重なるからだと思います。

でも表現方法が違っていても
伝わるものは伝わります。
そういう、無限のカタチがある
人間のココロの中って
面倒だけど、素敵でもありますね。

不思議の国、自分のココロの鏡

相手によって態度が変わる、、、というと
八方美人だとか、カメレオンだとか
あまり良いイメージがありません。

ワタシは誰でも
相手によって態度は
自動的に変化している気がします。
それは相手をきちんと見ていているからこその
カスタマイズされた対応であり、
そしてそれは、自分独断の視点を通して
判断している態度でもあるわけですね。

相手によって変化する自分が
どうなるのかがちょっと面白くもあります。
というのも、相手がどう感じるかというよりも
どう相手を見ているのかという
自分の無意識の部分を垣間見れたりするのではないカナ。。。
と思うからです。

自分が自分らしくいられる、
つまり無理しないでいられる相手とは
自分が自然体で、自分自身が好きでいられる為
長いお付き合いが出来ているように感じます。
苦手だなと思う相手や、
なぜか緊張してしまう相手には
少し、または大変無理しているせいか
緊張感が伴い普段の自分でいられない分
居心地が悪くて長く一緒にいられないとか
いたくないとか、そんな感じです。

あとワタシの場合は
男女関係なく、
この人の前だと自分は
女っぽくなるなーとか
男っぽくなるなーとか
そういう時があります。

また、相手によっては
ワタシは妹っぽくなるなーとか
感じ方はいろいろ。。。
きっとワタシが
その人に対してどう感じているかの
反映なのではないかなーと思うのです。

本当にいろんな人がいる中で
例えば「この人、変わっている!」と感じるとすると
その人を変わっていると思う自分がいるわけです。
だから、ちょっと別の視点から考えて
その人に対して、どんな感じの自分でいるのか
ということから考えると
またちょっと別の面白味があると思います。

待ってくれることと 待ってくれないこと

父が亡くなる何日か前に
本当にいなくなってしまうと実感した時
泣いても叫んでも懇願しても
どんなことをしても
どうしても逝ってしまう!という事実を
受け入れられなかったなーと思い返していました。

そういえば、
生まれてからずっと父や母に対して
私が「待って!」とお願いをすれば
必ず待ってくれていたんだなーと気が付きました。
でも、あちらの世界に逝く時は
どうしても待ってはもらえなかった。

どんなことでも、どんな時でも
「気付き」はあるものですね。
今までいつも待ってくれて本当にありがとう。
感謝の気持ちでいっぱい、
伝えられないほどいーーっぱいです!
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