日常、宝探し隊員!

ことば

愛してるってリアルに
言ったことある日本人は
私のまわりの友達に
どのくらいいるのだろう。
愛の告白やらプロポーズのとき
使っていたりするのかしら。

私はきっと一生「愛してる」って
誰かに言うことはないだろうなぁ。
言って欲しいってリクエストが
万一あれば、気持ち入れられないから
棒読み的なそれでもいいかな?
ってことわり入れちゃいそう。
いや、言葉の性質上、
そんな無粋なことは言わずに
台詞のように言うかな。
(なんだ、言うのか!)

愛って実は実態がないもの、
とても観念的なものと
聞いたことがあるけれど
まさにそれなのです。

私にとって愛は
実感できない言葉のひとつ。
そもそも日本には 
愛って言葉はなくて
外来的な輸入言葉と聞いて
やっぱりそうだよねー!っと
激しく共鳴。

一方、大好きとか愛おしいって
いう思いや言葉だったら
がっつり実感もあるから
口語としてガンガン使ってたりする。
特に大好きは乱用。
愛おしいは書き言葉では
使ったことがあるけれど
声に出して言ったことはないかも。

言葉は所詮言葉止まり。
伝える言葉に限りがあるというか
伝えられることの方が少ない。
言葉にすると、表現したいことの
一部が編集されて、
または編集されて一部分だけが
切り取られる。

人間が口から発したり書いたりする時、
例えば思っていたことを100とすると
口から出す言葉は自動編集されて
30とかになってたり
するんじゃないかな。
30に絞り込もうとするからこそ
余分なところを切り取って
物事がはっきりするという利点があるし
ごちゃごちゃしていた 
100の気持ちの整理ができる
ということはあるよね。

でも残り70の気持ちは
伝わらない可能性が高い。
あとは、感性で伝わるか
伝わらないか、といった
オプション的なところ。
もしくは経験値で、
この人はこう考えるとか
こういうタイプの人はこう言うなとか
そこで伝わることもあるでしょう。

私は前者の感性的なオプション部分が
なかなか切り捨てられない。 
なかなか言葉に出来ないし
伝わらないしなーと思って
無精してあえて簡潔に伝えようとすると
本来伝えようと思っていたことが
益々伝わってないこととあったりする。

だげど不思議なことに
仲の良い友達とだと
このオプション部分が話さなくても
共有できちゃったりするのです。
あー同じこと感じてるー、とか
あー私もそれが言いたかったー、とか。

見えない部分の共有は
言葉の共有よりも強力です!
って今言葉にして、
あー本当にそうだなーって思った。
ずっとずっと感じてたことなのに
言葉にして気づくこともある…

いろいろ不自由な
部分が言葉にはあるけど
言葉がひとから発せられる
ものである以上、
美しく大切に使って
いきたいものです。

Trackback

記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ
日常、宝探し隊員!